読書とか

2015年8月11日 (火)

『秩父の峠』を読む

ここ一月ばかり、週末の多忙やら暑さやらで、記事にするほど乗ることができませんでした。代わりという訳ではないですが、その間、立て続けに読んだ本について書きたいと思います。

大久根茂『秩父の峠』(1988 さきたま出版会)
大久根茂『峠 秩父への道』(1995 さきたま出版会)
大久根茂『奥武蔵・秩父 峠歩きガイド』(2015 さきたま出版会)

6月に牛出峠を訪ねたとき、その由来を調べていて知ったのが最初の『秩父の峠』。1988年(昭和63年)出版で古本でも探し当てられませんでしたが、地元の図書館にありました。それがことのほか面白く感銘を受けたので、同じ著者の本を検索したところ、あとの2冊に続いた次第です。2作目『峠 秩父への道』は古本で、最新作の『奥武蔵・秩父 峠歩きガイド』はアマゾンの新刊で買えました。

このシリーズに共通するテーマは、「峠は障壁ではない」(『秩父の峠』はじめに)という語句に集約されていると思います。山岳路や峠越えを好む自転車乗りなら、反論はないかもしれません。私もそうですが、峠は挑むものであったり、克服して満足するものといった認識が強く、これらの著作で語られている峠の姿はほとんど見えていませんでした。その意味で、かなり衝撃的でもあったのです。

第一作の『秩父の峠』によると、秩父には208の峠がある(あった)そうです。そのうち、以下13の峠が大項目として紹介されていました。

  • 十文字峠
  • 雁坂峠
  • 仙元峠
  • 妻坂峠
  • 正丸峠
  • 顔振峠
  • 大野峠
  • 粥仁田峠
  • 釜伏峠
  • 秩父・児玉境の峠
  • 土坂峠
  • 志賀坂峠
  • 八丁峠

お気づきかもしれませんが、これらの峠は秩父域(秩父盆地)の周縁に位置し、十文字峠から反時計回りにぐるっと一回りする順になっています。さらに、次の『峠 秩父への道』でも同じように以下の峠が大項目になっています。やはり概ね周縁部を取り囲む峠です。

  • 三国峠
  • 赤岩峠
  • 雁峠・将監峠
  • 地蔵峠
  • 小鹿坂峠
  • 札立峠
  • 葉原・仙元・塞神峠
  • 定峰峠
  • ブナ峠
  • 山伏峠
  • 鳥首峠
  • 天目指峠
  • 鎌倉峠

写真を載せられないのが残念ですが、『秩父の峠』にも『峠 秩父への道』も秩父域と峠の位置を示す地図があり、見れば一目瞭然です。秩父と言えば、埼玉の果て、道路も鉄道もどん詰まりの閉じられた地域。ランドナーで何度か訪ねその魅力を知りつつありましたが、私もそう思っていました。でも、まったく異なる認識が示されました。どこからでも出入り自由じゃないか! 道がないのは現代の状況なのであって、近代以前の姿は違っていた。埼玉の平野部とはもちろん、上州、信州、甲州、奥多摩とも偏りなく人と物の行き来があった。その歴史が繰り返し語られています。

「必要に迫られれば、"敵"の標高が二〇〇〇メートルを越えていようと、越えるのに丸一日を要する道のりであろうと、人はそこに道をこしらえた。そして、道ができるや、峠は一転して強力な味方になり、立ちはだかる山並みは障害物ではなくなった。」(『秩父の峠』より)

秩父盆地と埼玉の平野部を隔てる外秩父山地の標高はほぼ1000m以下。北の群馬県境の山地は1000m台。長野、山梨、東京との境である奥秩父の山々は2000m以上のものが少なくありません。それらの山地に発し盆地を貫いて関東平野に注ぐのが荒川。平野への出口である寄居付近が、唯一峠越えなしに"外の世界"に通じるルートでした。しかし、それは安全な道ではなかったと『秩父の峠』では語られています。

「現在、秩父鉄道も国道一四〇号も、寄居から奥は荒川と並行して走っている。しかし、(中略)波久礼・野上間の地形は、山が荒川めがけて落ち込んでおり、かつてここが交通の難所だったことは容易に想像できる。その上、蛇行する荒川に沿った道は、峠越えに比べると大きく迂回することになる。
こうしたことから、人も馬も多くは釜伏峠越えの道を選び、峠は日々にぎわいをみせていた。」

現在の国道140号となる近代的な道路の開通は1985年(明治28年)、寄居-波久礼間に鉄道(現在の秩父鉄道)が延伸されたのは1911年(明治44年)。それ以前、谷沿いより峠越えの道が"安全"なルートであったことは、他の場所でも何度か示されています。たとえば三国峠。

『峠 秩父への道』では、三国峠を秩父郡大滝村中津川と長野県南佐久郡川上村梓山を結ぶ峠と紹介しています。峠をはさんで、中津川と梓山の集落は古くから強い結びつきがありました。婚姻関係を含めた人の行き来、食糧、生活物資の運搬。とくに、秩父側は中津川の峡谷があまりに険しく下流域との交通に命の危険があっため、三国峠を越えて長野側とつながることによって成り立っていたといいます。

こうした峠を挟んだ二つの集落(地域)のつながりがあったことは三国峠に限りません。『秩父の峠』と『峠 秩父への道』は、大項目としているすべての峠について両側の集落名を示しています。「峠は障壁ではない」という筆者の考えがよく現れていると思います。

筆者の大久根茂氏については各著作に略歴があるのみで、ネットで調べてもそれ以上のことは分かりませんでした。「専門は民俗学」「趣味は登山」などと記されています。峠の探索ではまず集落の古老を訪ねて過去の状況を聞き取り、各種文献と照らし合わせて分析し、実際に自分で歩く。そうしたフィールドワークの積み重ねで記述されているためか、どんどん文章に引き込まれる感じで読み進めました。

『秩父の峠』の出版が1988年であることも興味の要素であったかもしれません。数年間調査した結果をまとめたそうですから、今から30年以上前の記録ということになります。すでに失われた峠や旧道も多かったことが分かりますが、今存在するもののいくつかがまだありません。浦山ダムと秩父さくら湖、滝沢ダムと奥秩父もみじ湖、合角ダムと西秩父桃湖、大滝から奥の国道140号と雁坂トンネル、広河原逆川林道と有間峠、林道大血川線、などなど。浦山ダムは補償交渉中であると書かれていました。逆に、三峰のロープウェイや二瀬ダムの駒ヶ滝隧道などは当然のように存在します。そして、ダム湖に沈んだいくつもの集落も。

『峠 秩父への道』は1995年出版で、かなり現在に近付いた印象でした。『秩父の峠』から7年しか経っていない訳ですが、その間の変化が大きかったことの証でしょう。そして最新作の『奥武蔵・秩父 峠歩きガイド』は2015年4月。前2作で「峠歩きのガイドブックではない」と厳重に断っています。私のような素人が真似をして歩いたら遭難するかもしれません。それに対して『奥武蔵・秩父 峠歩きガイド』は、その名の通り「峠を歩きたい人のためのガイドブック」であることを明記しています。全編カラー写真で詳細なルート図が付いていますが、依然、私のような未経験者は一人で歩かない方が良さそうです。

それに、自転車乗りには耳の痛いことも書かれています。たとえば、「ここから再び旧道に入ると、10分ほどで顔振峠(標高500メートル)に到達する。そしてまたここで舗装された車道に出会う。ここまで登ってきて車道に迎えられるのは、うれしものではないが・・・」。「前の2冊で取り上げた峠の中には、廃道になっていたり車道でずたずたに寸断されてしまった峠もあるため・・・」等々。とくに林道は嫌われている感じですが、私の場合、道路がなければいかんともしがたいです。

紹介されている峠の多くは、徒歩でないと越えることができません。あるいはパスハンターなら・・・、担ぐのはよけい無理ですね。経験のある人に連れて行ってもらうのがいいでしょうか。そんなことを思う日々です。

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2012年8月16日 (木)

『2010年』 Blue-ray

『銀河鉄道の夜』を返したついでに棚を観ていると、Blue-ray版があるのに気づいて借りました。

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以前、DVD版を観ています。原作の『2010年宇宙の旅』も持ってます。

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アメリカでの公開は84年。余計な演出はなく、基本的に「2001年」の理念を踏襲していると思います。

ただ、テクノロジーの描写や同時代の事象の扱いは、「2001年」よりかえって古く感じられました。コンピュータのモニタは巨大なCRTだし、ソ連は崩壊せず冷戦も続いている。

原作と違い、中国のチェン号が登場しません。エウロパの生物を描写する技術がなかったのか、中国の宇宙開発に対してまだ現実味がなかったのか。

お盆休みが明けたら、電車で原作を再読します。

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2012年8月10日 (金)

『銀河鉄道の夜』 DVD

通りすがりのTSUTAYAで借りました。1週間100円也。

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本当は『グスコーブドリの伝記』を観る前におさらいしておきたかったのですが、あちこち探しても見つけられなかったのです。新品を買うのはちと躊躇しました。

以前に何度かTVで断片的に観てます。通しでの鑑賞はこれが初めて。途中で眠くなって3日かかりましたが。

で。これは相当そのままだ、と思いました。台詞も物語の進行も、いわゆる原作に忠実というやつです。猫のキャラクタと洋風な描写は別として。

『グスコーブドリの伝記』もそうして欲しかった。『銀河鉄道』の脚本は別役実、『グスコーブドリ』は監督と脚本が杉井ギサブロー。商業的な要請があったのか、脚本家の作品理解なのか分かりません。

鑑賞中、たまに現れて「自分で初めから観ろ!」と怒鳴りたくなる質問をする愚息ですが、「ゲームの音楽に似ている」と何度か言いました。

当たってるかもしれません。細野晴臣の音楽は素晴らしいですが、音源の一部が時代を反映しているようです。『天空の城のラピュタ』のサントラでもよく思います。音源チープだ・・・。

話が脇道に逸れました。返却日までまだ数日あります。明日からお盆休みですから、今度は寝ないでじっくり見ます。

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2012年8月 6日 (月)

『となりのトトロ』 Blu-ray

どうするか迷いましたが、ヨドバシカメラのポイントでカバーできることが分かり調達。

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家族からは「何で今さら」といわれつつ、すでに2回観ました。嫁さんなど、人生で一番見た多くビデオだなどと宣ってます(かつてVHS版がありました)。

いいでしょう。何度観ても。名作なら。

正直なところ、わが家のテレビではBDであることの明らかなメリットを語りにくいです。冒頭の著作権情報の文字はPCモニタのようにくっきり見えますが。

たぶんこのBD発売に関連して、やや前にこんな記事を見ました。

 「となりのトトロ」の舞台になった狭山丘陵ってどんなところ?

狭山丘陵 > トトロの舞台 > 面影はすでにない。といった図式で語られることが多いと思います。

なら、実際に足を運んで探してみてください。きっと何か見つかると思います。西武線で都心から1時間もかからないエリアにあることも、もっと宣伝してほしい。

草壁家の母親が入院している「七国山病院」のモデルが「八国山」近辺の療養所であるなら、それは丘陵のほぼ東端で、都心に一番近い部分です。

もっとも、「トトロの舞台」を見るなら、狭山丘陵だけでは不十分と思います。

 「七国山の病院か? 大人の足でも3時間かかるわ。」
     (ばあちゃんのせりふ)

 「おまえ。どこから来たの。」
 「松郷です。」
 「松郷!?」
     (サツキと側車のお兄さんの会話)

「松郷」が実在の地名であるとすれば、それは東所沢近辺。狭山丘陵まではたしかに徒歩3時間の距離でしょう。

開けた耕作地、点在する雑木林と屋敷森。全体に緩やかな起伏が見られるものの、谷戸の情景とは異なる。やはり、柳瀬川中下流部の景観に似ていると思います(水田は見たことないですが)。

国道463号その他の幹線を車で通っても分かりにくいかもしれません。ここははやりランドナーの出番。しばらく乗ってないので、お盆休みには出かけてみましょう。

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2012年7月 9日 (月)

サフイフモノニ/ワタシハナリタイ

恥ずかしながら、「雨ニモマケズ」の最後がこうなっていることを近年まで知りませんでした。最後と言わず、知っていたのは「風ニモマケズ」まで。

  青空文庫 〔雨ニモマケズ〕

友人から借りた長岡照子の朗読テープ(『長岡輝子、宮沢賢治を読む』と思います)に収録されていました。長岡さんの岩手訛(たぶん)と相まって、たった一度で深く記憶と心に刻みつけられました。

「風ニモマケズ」まででは克己心とか努力とかを押しつけられるようで厭でしたが、大変な誤解をしていたものです。

7日公開の映画『グスコーブドリの伝記』では、物語が始まって間もないところで「雨ニモマケズ」が全編朗読されました。さらに、ブドリがカルボナード火山の人工噴火に身を投じる終盤の場面でも、「サフイフモノニワタシハナリタイ」が流れました。

脚色し過ぎ・・・というのが率直な感想です。ファンタジーの要素とテクノロジーの描写は原作のままで十分魅力的だし、映像化にも堪えると思ってました。

「雨ニモマケズ」はテーマの説明としてはぴったりかもしれませんが、パンフの解説に載せるくらいが良かったんじゃないか・・・。

カルボナード火山について「人工噴火」と書きましたが、映画ではそうなっていません。原作のようにブドリの死を前提に決行する筋書きを避けたのでしょうか。

ネリとの再会が最初からない設定になっている(翌日そう気づきました)ことは、脚本の最も大きな「独自性」かもしれません。

映像も音楽も素晴らしい映画でした。赤ひげとかクーポー大博士など、主な登場人物の台詞の多くは原作のままだったと思います。DVDなりBlu-rayが出たら、もう一度じっくり鑑賞しましょう。サントラも欲しいところ。

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2012年7月 4日 (水)

『千と千尋の神隠し』の電車

水上を走る電車(架線はない)。夕刻の光と色彩。広く青い空と遠くの入道雲。陽が落ちて輝くネオンサイン。重々しいピアノの旋律・・・。

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最も心に残るシーンでした。宮崎監督自信、千尋が電車に乗る場面が物語のクライマックスであると指摘していたと思います。

『銀河鉄道の夜』を何度か読んだとき、ふと、この「千と千尋」の電車の情景が思い起こされました。何か似ている・・・。

調べてみると、そういう指摘がいくつも見つかりました。中には、双方の場面を比較して詳細に論評しているものもあります。私としては自分の国語的頓珍漢が否定されただけで嬉しいです。

似ているとされる点はいろいろあるようですが、私がそう思ったのは次の2点でした。

(1) ホームで黒い影のような女の子が立っているシーン。

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(2) 釜爺の「間違えるなよ。昔は戻りの電車があったんだが、近頃は行きっぱなしだ」という台詞。

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サウンドトラックは、N82で(たしか6680でも)繰り返し聞きました。久石譲、ここぞというときにピアノを弾きますよね(しかもソロで)。

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2012年6月23日 (土)

鉄道の描写

宮沢賢治の短編を読んでいて、鉄道がよく登場することに気付きました。

『銀河鉄道の夜』は言うまでもなく、『月夜のでんしんばしら』、『シグナルとシグナレス』、『氷河鼠の毛皮』等々、鉄道自体がテーマだったり、単なる情景の一つとして描かれていたり。

もちろん、『グスコーブドリの伝記』でも、ブドリが沼ばたけの生活を離れ、初めてイーハトーブ市に行く時に乗っています。

ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。汽車はいくつもの沼ばたけをどんどんどんどんうしろへ送りながら、もう一散に走りました。その向こうには、たくさんの黒い森が、次から次と形を変えて、やっぱりうしろのほうへ残されて行くのでした。ブドリはいろいろな思いで胸がいっぱいでした。
(『グスコーブドリの伝記』 四 クーポー大博士 より引用)

車窓の風景が、次から次へと後方に去り小さくなっていく。外の様子を身を乗り出すようにして見ていた違いありません。疾走する列車。最新技術としての鉄道に対する興味や憧れ。

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『月夜のでんしんばしら』や『シグナルとシグナレス』では、線路、電柱と送電線、信号機など、鉄道の設備が題材になっています。宮沢賢治は、よく観察して納得したり楽しんでいたと想像しました。

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2012年6月22日 (金)

『グスコーブドリの伝記』

この物語には、興味深いガジェットがたくさん登場します。「ガジェット」なんて響きがオタクっぽくてはばかられるんですが、あえて使ってみました。

クーポー大博士の自家用飛行船。イーハトーヴ市を行き交う多くの自動車。火山局の複雑な機器の数々。しかも、それらは各地の火山に設置されたセンサーと専用回線でつながっていて、刻々と変化するデータを記録している。海には朝夕発電所がいくつも建設され、その電力で人工降雨と肥料の散布を実現している・・・。

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工学だけじゃありません。てぐすは養蚕、沼ばたけは水田の農業。農学はもとより気象や地質などの地学的要素まで、きっと確かな裏付けがあることなんだと思わされます。

7月公開の映画の予告編を見ました。イーハトーヴ市(?)の場面はSFっぽいし、沼ばたけは棚田だったのか・・・。劇場、たまに行ってみましょう。

http://wwws.warnerbros.co.jp/budori/

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2012年6月21日 (木)

『宮沢賢治全集 8』(ちくま文庫)

宮沢賢治の短編をまとめて読みたいと思い、アマゾンで注文しました。

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青空文庫や朗読でこれまで何編か読んだり聞いたりしていますが、全集なら順番に読んでいけばいいので安直です。異稿が収録されているのもいいです。

『グスコーブドリの伝記』は、恥ずかしながら最近知りました。まず青空文庫で読んで、全集でも発表形と異稿を読みました。

国語は人生で体育の次に苦手(多くの人に当たり前の感覚がない)なのですが、ある時から、気に入ったものだけ勝手に読むことにしています。

感動しました。テーマとされる主人公ブドリの自己犠牲(解説読むまで分からなかった!)の部分ではなくて、科学的、技術的な要素が濃厚で現実らしく描写されていることにです。

火山噴火では飢饉を回避できないという批判もあります。しかし、炭酸ガスの温室効果という最新の科学知識をいち早く吸収し、作品で重要な役割を与えているところに意味があると思うのです。

農学者としての宮沢賢治は科学知識は当然あるとして、そもそも自然科学や技術的なものが大好きだったのでは、といくつかの作品を読んで感じていました。『グスコーブドリの伝記』でそれが確信に変わりつつあります。

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2010年11月 6日 (土)

ハイビジョンシネマの『2001年』

NHKハイビジョンシネマで放送された『2001年宇宙の旅』、録画したのをようやく観ました。しかも何回かに分けて。

わが家のTVはフルハイビジョンじゃない普及品なんですが、なかなか感動的な美しさでした。レコーダに入れとくしかないところが残念。

印象的なのは、動きが遅いこと。宇宙船が縦横無尽に飛び回ったり、船内で人がすたすた歩いたり、ましてやワープだとか転送だとか一切ありません。

翌々日放送された『コンタクト』は録画しませんでしたが、帰宅するとまだやっていたので終わりの部分だけ観ました。ジョディ・フォスター、知的で美人です。

「ファーストコンタクト」は、どんな形で訪れるのか。モノリスのように何百万年も前に仕込まれているのか、電波で素数のパルスが届くのか。

凶暴な宇宙人に突然侵略される・・・。そういうシナリオは、アーサー・C・クラークもカール・セーガンも念頭になかったようです。

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